授業が終わった後のカフェ。
使い古した筆箱と、今日買ったばかりの真っ白なスケッチブックをテーブルに置く。
コーヒーの湯気の向こう側で、世界が少しだけぼやけて見える。
この「何も描かれていない1ページ目」は、クリエイターにとっての聖域であり、同時に恐ろしい深淵だ。
何を刻むべきか。
今日の講義で触れた「光の粒子」か、
それとも窓の外を横切った「春の憂鬱」か。

私は、美大生特有の「何かを深く思索している風」の表情を崩さず、静かにペンを走らせた。
周囲からは、きっとストイックに芸術の真理を追い求めているように見えているに違いない。
自分でも、少しだけその気になっていた。
……。
……なだらかに、かつ大胆に隆起する有機的な曲線。
……光を吸い込み、底知れぬ深みを見せる粘性を持ったブラウンの階調。
……そして、最上部に配置された、構造を完成させるための硬質なアクセント。
私は、この完璧なまでの「造形美」と「コントラスト」を、震えるような筆致で紙の上に定着させていく。
……。
…………。
描き終えて、私は深い溜息をつく。
そこに鎮座していたのは、芸術か、哲学か、それとも繊細な写生か。
いや、吾輩はエマである。
高尚な精神は、まだ無い。
……ただ、疼くような右手の衝動と、
鳴り止まない腹虫の叫びなら、
確かにここにある。
……こんもりと盛られた、ただの暴力的なホイップクリーム。
……無慈悲に滴り落ちる、濃厚なチョコレートソース。
……そして、一番上で誇らしげにふんぞり返る、香ばしいアーモンド。
そう。私が無意識に、そして全力の芸術的熱量で描き上げたのは、
「至高のチョコレートパフェ(980円)」の完全なる解剖図だった。

さっきまでの思索はどこへ行ったのか。
私の右脳は、色彩理論よりも糖分を、構造美よりもカカオの粘度を求めていたらしい。
結局のところ、私の「真っ白な1ページ目」は、食欲という名の原始的な衝動に、あっけなく蹂躙されたのであった。
私は店員さんを呼ぶ。
「すみません、この絵と同じものを一つ。……あ、あとセットのコーヒーはブラックで」
……うん、美大生ごっこは、この「造形美(チョコパフェ)」を胃袋に収めてから出直そう。
by エマ

